大人でも、料理が得意な奴もいれば全くできない人もいます。
もちろん私も食べるほうが得意ですが、料理が苦手というのはその分、中途半端に余計な知識が詰まってなくて、これから新鮮なものをどんどん取り込んでいけるじゃないかといった少しの期待があります。
美味しいものを食べようと思っても、無理して高い肉など食べたくない、美味しいと言われる魚も人によっては口に合わないなどがあります。
ときには主食の米に拘って、今まで聞いたこともないような米を選んで食べてみるのはどうでしょう。
写真は山形産のつや姫。名前の通りご飯が光って見える気がします。
つきなみの食に飽きてしまった時は基本に戻って米選びもよ良い気分転換になります。
空腹になったときに、たまたま”おにぎり”が食べたくなったとしましょう。
そのオニギリが食べたいときに、ただ「普通におにぎりが食べたい」と思うときと、気持ちに余裕があれば「鮭が入ったおにぎりが食べたい」あるいは「梅干しが入ったものがいい」と味について具体的な要望があるかもしれません。
また強い希望はなくても、どこか景色の良いところで食べたいとか家族と一緒に食べたいとか、食べる場所やシチュエーションは選ぶことができます。
日常的に当たり前に訪れる食事のたびに想像力や発想力を発揮できる人はいませんが、気が向いたら自分なりの軽いオプションをつけることはできます。
ここに気が付かない大人は少なくないでしょう。
私たちの生活の中で、食事は切り離すことができないものですが、ほんの少しの発想や工夫で豊かさをもたらすのもです。
そこに大人が求める小さな幸せみたいなのを見つけることができたら日常の豊かさが少しだけ増すことでしょう。
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