バイクの楽しさはどこにあるか

本気の自転車乗りは自転車のことをバイクと呼ぶ。そしてオートバイ乗りも自動二輪車のことのことをバイクと言う。

まれに、オートバイを単車と呼ぶ人がますが、それは少し指向が特別なバイクだったりします。

私は自転車もオートバイもどちらも乗りますが、自転車はチャリまたは自転車、オートバイのほうをバイクと呼んでいます。

そして、今回取り上げるのはオートバイ(MotorBike)の話です。

楽しさを語る前段階

オートバイには、趣味としてまたはレジャー要素の楽しさがあって、ご存知の通り人がそのまま機械に乗って走るという態勢は4輪車と違って安定感に欠けます。

いくら楽しくてもそれを乗らない人に勧めたり、さも楽しそうに教えるのはよろしくないと思われます。

楽しそうだと思ったら、それらを承知の上で自己責任で楽しむ。
大人がバイクの楽しさを語るには、そんな事実を認めることが大前提かも知れません。

風を切って走ると楽しいの?

よく言われることですので風を切って走るのは気持ちよいのでしょう。

それ以外に何があるかはあまり語られないというかバイクに乗らない人には興味がないのかも知れません。

バイクに乗る人もどこが楽しいかとか、いちいち言葉にする必要もなく単純に乗ること自体が楽しくそれを深く追求しないことが多いことでしょう。

いろいろ追求してしまうと何かと面倒なことはよくあるものです。

車の楽しみ方との違いは

バイクは、走るための最小限のものしかついていません。
エンジンとタイヤとハンドルが装備されていて、人が座るシートなどは車に比べると陳腐なものです。

それに比べて車は、走るためのエンジンはボンネットに隠され、ハンドルは主要装備にしては目立つことは無く車内に完全に収まっています。

雨風をしのぐ屋根があり、冷暖房完備、人が座るシートなどは安物のソファーなんかと比較にならないほど座り心地が良いものです。

バイクと比べて、車は走るため主要装備もですが人が乗る場所の装備も過剰に作りこまれています。

つまり、自動車は走るための機械であるとともに居住空間を兼ねています。車中泊なんて言葉があるように、いざとなれば(それが好きな人もいますが)車の中で寝ることができて、くつろぐことができるでしょう。

もっと言えば変な目的に使用してしまう人さえいて、私には心あたりが無いという方は少数派ではないかと思うほど(でしょ?)。

余計なことまで言うと、自動車は一人で出かけるのに5人分の温暖化ガスまでも排出してしまいます。

風を切って走るの意味

バイク乗りの中には風圧が苦手な方もいます。
デカいバイクで正面に大きなスクリーンを付けている人は走行風による疲労感を少なからず気にしている人です。

バイク乗りにとって真の意味の風を切るとは、季節や旅先での風土を感じることだと言えるでしょう。野にある植物の香りを感じ、山の空気の清涼感と海では磯の香りを感じ取る。

そして視界を遮るものはほぼありません。
その時期その場所の雰囲気を体で感じることができるのがバイクの楽しさの一つです。

バイクが導いてくれる本当の楽しさ

バイクは走るためだけの機械であって、雨風を防いだり、食事をしたり昼寝をしたり(当然ヘンなコトも)ができません。

走ることのために存在する機械なので他に役に立つことは無く、私たちを旅に連れていくこと、空間を移動することだけを目的につくられたもです。

所有感を満たしてくれたり稀に鑑賞目的になったりもしますが、存在の意味はやはり走ることが中心の物です。

機械としてのバイクはシリンダー内で燃料が燃焼し、それによって起こるエネルギーがタイヤに伝わる感覚を直接感じ取れる乗り物。燃焼機関が生み出す炎の力が人を非日常の空間、美しい景色や煌めくシチュエーションへ誘ってくれる。

そこにオートバイの本当の楽しさがあります。

移動するための手段のほかには何の楽しみももたらさない。
バイクは人に旅を教えてくれるだけの機械です。

 男の趣味はカメラしかない  道を楽しむのが男の道楽  男も歩けば