桜は散り際が美しいか

桜の法則というコンテンツをアップしてから、ここ最近、桜の開花時期に入り”さくらの散り際”というキーワードでのアクセスが多くなりました。

私の書いた文中に”桜は散り際が美しい”という語句が入っているため、この季節(4月)に検索からの流入があったようです。

桜の写真

そう感じる人もいるという一例を書いたつもりで、私自身は、そういった感性のようなものを持ち合わせていません。想像するに次のようなことだと思います。

・散り際の桜の花は開ききっているため、つぼみに近い開き始めの頃に比べ色合いが淡く綺麗に見える
・散り際に花びらが空中を舞うので枝に咲いている花と同時に空間も演出され、幻想的な美しさを感じる。
・花の外見的な美しさに加え、花が散っていくあり様に恋愛ドラマの悲しい結末のような切なさを感じる。

簡単にあげると、以上の三つくらいでしょうか、もっと他に散り際の魅力はあるかもしれませんが、この三つを少し掘り下げてみます。

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花びらの色合い説

3分咲き、5分咲きのころは、つぼみも混じっているので花の色が濃く見えるのは間違いないでしょう。開ききった花びらは光も良く通すと考えられるので、色合いが薄く明るいピンク色で綺麗に見えます。

空間演出説

あれだけの量の花びらを堂々と散らす高木は桜だけかもしれませんね。咲いている間は木全体がそれこそサクラ色に染まっています。

そのサクラ色の素がひらひらと舞い散るのですから、そこに魅せられるのかもしれません。そして木に花が付いているうちは、あのヒラヒラ感はありません。

散りゆく姿に感動する説

これは上級者向けの鑑賞の仕方でしょうね。花の美しさで引き寄せておいて、散り際さえも堂々としている。散りゆく自身をも誰かに見せつけているかのようであります。

人に潔さというものを自分の美しさでもって教えているかもしれませんね。

散り際を求めますか?

以上3つの説を書きましたが、正直な話、散り際の美しさは求めて知る(味わい方を学ぶ)ものではなく、自分で気づくものだと思います。

私自身一人の大人として、散り際の美しさについては今一つ釈然としません。

上手く理解できない花の鑑賞の仕方を無理に知ることもないことでしょう。その代り、自分はまだ未熟者と感じるうちに見ごろの花を果敢に追い求めていくほうが、人の本能にかなっている感じがします。

いつか大人になり過ぎて散り際の美しさを本当に知ることができたら、その時から楽しめば良いのではないかと、無理しなくてもきっとわかる日が来ると私は考えています。

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