男が満足するときBlog

小さな満足の積み重ねが大きな結果につながる

隣の家の芝生など勝手に青けりゃ良いと思う

time 公開:
隣の家の芝生など勝手に青けりゃ良いと思う

昨日、私の住んでいる地方でも梅雨入りが発表されました。
アジサイの花が咲き始める6月になると庭の雑草が勢いを増して生え始めます。

ほったらかしの庭に紫陽花

庭一面に生い茂る雑草を目の前に、どうにかしたいと思わなくもないですが、これをまともに解決することによってもたらされる利益はあまり多くはないと感じるのが正直なところです。

sponsored link

庭は子がいる家庭のためにある

私の持論によれば、家庭における子供の健全な成長と芝の青さは比例します。

もちろん例外はありますが、男にとって園芸は子供の成長を確認できて初めて楽しめるものです。

自分の手元で、子供がすくすくと順調に育っているから自宅の庭で落ち着いて芝の手入れが出来るのです。

一方、自分の手元で子の成長を認識できない私などは、休日に家に籠もっていたところで良いことなど何もありません。

充実しない一軒家に腰を据える理由は見つからない

今年も花を咲かせ始めた紫陽花ですが、自宅で腰を落ち着けて観賞しようという気持ちにはなれません。

手入れをしていないアジサイ

財産として持ち家があってもその中身が幸せでなくては、そこに落ち着く理由は見あたりません。

庭付き一戸建てというのは、居住する家族が充実していて機能を発揮するものであって、幸せの欠けた住居人に対しては本来の魅力を十分に見いだせないことでしょう。

私も、この一戸建てという財産取得時に引き受けることになった諸般の事情を解決できない限りは、ここに身を置き続けることになるのですが早々とマンション住まいに切り替えてしまいたいと思い続けています。

常識に反しない程度の美観の維持は必要

こうして様々な事情により庭の手入れは覚束ないわけで、外面を気にして近隣の方々に向け年に数回申し訳程度に庭の手入れをすることになるのですが、それで爽快な気分になれたことはないのが正直なところです。

ただし、そうは言っても身なりについて最低限の清潔さを維持するのと同じく家の庭木や芝についても一般的に不快と感じるほどに荒らしてしまうのは決して良いことでないのは承知しています。

いくら他人の目が気にならない人でも、よほどの変人でもない限り周りの視線や評判は気になるもので、私生活の中に継続される僅かなストレスを減らすことは大切なことと言えるでしょう。

そんなことを考えると、雑草取りなど庭の手入れはいっそのこと外注に出したいとの結論になります。

自分の収入に見合った発想ではありませんが、庭に対する自分の気持ちと世間の常識を考えると一番良い方法であり、そろそろ実際に行動を起こしてしまいそうです。

庭をいじっても満たされない大人

手入れされていない庭を放置することで問題になるのは他人の目だけです。

整えられた庭を目にして、自分自身が充実感を感じるのならば、大いに結構なことで誰にも遠慮せず毎日庭いじりに勢をを出せばいいですが、自分にそのような趣向がないならば、ご近所に対して景観を損ねないための配慮としてやりたくない草むしりを続けることになるのです。

自宅の庭が荒れて芝が雑草で隠れようとも気にならない。
すでに大人である自分にはまだ何かが足りなくて満たされるモノを求めて暇さえあれば外へ出ることの方が楽しく感じる。

どうしようもない現実や諦めといったどん詰まりさえ見えてこないならば、もっと外へ出て街の中へとけ込み僅かでも人と接し続け自分が今世の中のどの位置にいるのか感じ続けていたい。
そういった思いは大人にとっても大事なことではないでしょうか。

自分は庭の手入れを頑張ったところで満たされる物は多くありません。それで満足出来るときがくればその時に一生懸命になれば良いのだと思います。

その時がくるまで、隣の芝はいくら青くてもかまわない。自分らしい生活を気が済むまで送り続けることのほうが大切ではないでしょうか。

sponsored link

【おすすめコンテンツ】

広告






サイト情報

メインサイト

男が満足するとき

主なテーマは‥

男も歩けば

食で満ち足りる

大切な習慣

気軽にフォローしてください
サンプル

カウンタ



アーカイブ